『赤光』初版「悲報来」④ No.00005

氷室より氷をいだす幾人はわが走る時ものを云はざりしかも  『赤光』「悲報来」

『赤光』初版「大正二年(七月迄)」「悲報来」十首中の第四首。イ段音の頭韻が特徴的だ。「氷室」の「ひ」、「いだす」の「い」、「幾人」の「い」、「云はざりしかも」の「い」。氷の冷たさ、固さがイ音で伝わってくる。

  採氷を生業をしている人々が食べるために、生きるためにしなければならないことに集中している。それで、近くを走っていく作品主体を見ても何も言わなかった。大変なことがあったに違いないなどと考えたわけではないだろう。ただ目の前の作業をこなす人々。

  それと同様に、作品主体も目の前のことで精一杯だ。目の前のこととは、師・伊藤左千夫の死というより、暗い道を走ることだ。走ることに精一杯で、周囲の人々と交渉はしない。ただそのときの情景を客観的に顧みたときに、一首となったのだろう。