『赤光』初版「悲報来」⑩ No.00011

あかあかと朝焼けにけりひんがしの山並のあめ朝焼けにけり  『赤光』「悲報来」

『赤光』初版「大正二年(七月迄)」「悲報来」の最終、第十首。

第二句まではア段音とカ行音の響きがまぎれもない明るさを如実に表している。しかし、「朝焼けにけりひんしの」でア段音を抑え、イ段音、エ段音、オ段音、撥音を用いて陰影をもらたしている。

下の句では再びア段音が多く現れる。第四句ではマ行音、ナ行音により、湿り気のある山の感じとそれを包む大気という情景が立ち現れる。第二句の反復である結句「朝焼けにけり」で、再び明るさを表立たせる。

向井雅明は、「詩においては物語よりも言語そのものの美しさ、楽しさ、面白さが追求され、韻を踏むことなどの言葉遊びがふんだんに利用される」(『ラカン入門』)と述べているが、掲出歌はまさに詩の真髄ともいうべきものだ。

茂吉は「童馬漫語」(明治四五)で以下のように述べている。

吾等は、もつと深く、連作のおこる必然的状態、連作全体と各首との関係、その表現の法、単独歌との比較 などに就いて味ひ考へねばならぬ。又単独もしくは二三首の歌に詞書のある作物と連作との比較、 連作と詞書との関係などについて、もつと根本の研究が欲しいやうな気がする。(「童馬漫語」)

これを肝に銘じて、これからも歌の鑑賞をしていきたい。

そこで茂吉は師・伊藤左千夫を「『短歌連作論』の最初の唱導者」と見なしている。その左千夫の死を詠んだ一連の最後には、自然を写生した叙景歌が来ている。ここには詠む主体が存在するだけで、自然の景色を大きくありのままに表現している。

掲出歌では、第一首同様、反復法が用いられている。しかも、第二句と結句の反復である。第一首と掲出歌との間に対照関係を見出せるのである。意味内容としても、「わが道暗し」(第一首)と「朝焼けにけり」(掲出歌)で明暗という対比である。

一連の第八首から第十首は、自然詠であった。第八首の「罌粟けしはた」(ケシ畑)、第九首の「諏訪のうみ」(諏訪湖)、そして掲出歌の山並、朝焼け。視点が上方に、遠方に移動し、広がっていっている。作品主体のいる場所から離れたところへと視点が移っていくのは、左千夫の死をまだ実感できていないながらも、思いを馳せている様子の現れであろう。